halloween

 

 

以前から感じてはいた。
自分の想像を遙かに超えた発言や言動を良くする奴だな、と。
これまでだって幾度も驚かされる場面はあったし、言葉足らずであっても、彼奴の考えそうなコトなら最後まで聞かずとも察してきた。
それくらいには、誰よりも近くで見守ってきた自負はある。
それだけに、今のこの状況を瞬時に理解するには、あまりにも時間が足りな過ぎた。

連絡も無しに家へやって来るとは、小野田にしてはひどく珍しいことではあった。
だがそれより何より問題なのはその後。
くも太郎とかいうでけぇぬいぐるみ?を俺に押し付けた小野田は、どこか期待と羞恥の混じる声音と共に発したのだ。
日本ではあまり聞くことの少ないフレーズを。

ひとまず部屋に通したはいいものの、この後この状況を整理しなくてはならないのかと憂鬱さに頭を悩ませていた。

 

「あー・・・とりあえず、ここ座れ」

大方荷造りも済んだ簡素な空間。
必要最低限の家具しか無くなった部屋に足を踏み入れた瞬間、先程までのほわほわオーラを一気に萎ませる小野田は、本当に分かりやすい。
無理に笑顔を作られるよりはよっぽどマシだが、そんな顔をされると嫌でも意識せざるを得なくなる。
渡英まで残された僅かな時間を。

 これが ” 寂しい ” ってやつなんだろうな

床に座ろうとする小野田をベッドへ呼び寄せ、少しでも不安な気持ちを取り去ってやれたらと思う巻島だったが、
案外自分の方がダメージを受けているのかもしれない。

 …どっちが離れ難いんだか

 

断るかと思ったが案外素直に此方へ近付いてくる小野田に、多少の進歩を感じたのはけれど一瞬だけ。
遠慮がちに巻島から二人分ほど空けてベッドの端へ座るところは、後輩から恋人という立場になったからと言って簡単に変えられるものではないらしい。
何でそんなに離れてるショ、と聞けば「緊張してしまって…」と言いつつ二人分から一人分のスペースへと距離を狭め、恥ずかしそうに笑った。

「──で、だ。・・・さっきのは一体何だ?」
「ですから、”とりっく おあ とりーと!” です巻島さんっ」

沢山あるのでいくらでも言って頂いて大丈夫ですよと言いながら、抱えていたくも太郎の腹を割くようにファスナーを下ろすと、
中からチョコやらキャンディがこぼれ落ちる。

ぬいぐるみだと思っていたが、どうやらリュックとして使用するのが正しかったらしい。
ハロウィン限定品だと熱弁する小野田の手が、そいつの腸を掻き混ぜる光景は、
なるほど多少なりとも気味の悪さを感じさせてくれる中々の作りになっているようだ。

 って、感心している場合じゃないショ
 つーか、そもそもどこから突っ込むのが正解なんだ

 

「小野田よォ……ハロウィンがいつだか知ってんのか?」

今はまだ九月。
夏の名残などまだまだ感じさせてくれない連日の暑さは健在だ。
それなのに、一ヶ月以上も先のイベントに関する言葉を聞かされることになるとは。
だからてっきり知らないのかと思っていたのだが、返ってきた言葉はその逆で。

「10月31日ですよね!さすがの僕もそれくらいは知ってますっ」
「なーに得意気にしてんショ。それならどうして、」
「だってその頃にはもう……巻島さんはいませんから・・・」

ぽつりと零された言葉に胸が痛んだ。
数週間後に日本を経つという現実を、俺達は受け入れなくてはならない。
傍にいてやれないのに、手を離してやることもできない俺を、小野田は恨んでいるだろうか。

「ですからその前にですね。できるだけたくさんの……、『季節限定くも太郎』をプレゼントさせて頂きたいなぁと思いまして!」
「いや、別にいらないショ」
「えええっ、でも貴重なんですよ?!」

開店前から並んで購入したと言われても、生憎そいつの価値など分かるはずもないが、
それでも自分のためにしてくれた事と思えば、悪い気はしなかった。

 

それに、きっと──

 寂しさを隠し
 重く、暗くならないよう小野田なりに考えての事なんだろうし
 仕方ねぇから乗っかってやるさ

 

「ハロウィンと言うくらいなら、せめて仮装くらいして来いショ」
「さ、さすがにそれは厳しいといいますか…っ、」

コスプレは敷居が高いだとか恐れ多いだとか、完全にアニメキャラに扮する事しか考えてなさそうだけどよ
俺だって別にそういうのが見たいわけじゃない

 そうだなお前なら──

 

「たぬき」
「え、」

パッと浮かんできたのは、たぬきの着ぐるみパジャマ。
ウサギやクマなどバリエーションは豊富だろうが、顔も頭も丸くて小さな小野田にはぴったりな気がする。

「似合うショ」

あれを纏った小野田を想像して思わず笑いが漏れる。
しかも俺がそう言うなら挑戦してみます等と宣言されたとあれば、向こうへ行く前に買ってやるのもいいかもしれない。

もこもこ生地のパジャマにフードを被った小野田が部屋を歩き回る。
そんで夜はベッドで一緒に……

そこまで想像して眠れる自信が全くない事を悟った巻島は、小さく苦笑する。

 

「巻島さんは、」
「 ? 」
「背がお高くてかっこいいので・・ヴァンパイアですね!」

そう言って焦がれた眼差しを向ける小野田へハッと息を吐く。
想像したら何だかドキドキしちゃいますね、なんて煽るような発言を軽々しく口にされては、この先が本当に心配で仕方なくなる。

 たぬきとヴァンパイアか
 随分とチグハグだが……案外燃えるかもしれねェな

 

「坂道」

いまだ大事そうに抱えているクモ型のリュックをベッドの片隅へ押し除け、反対の手で小野田の手を掴み軽く引き寄せる。

Trick or Treat

耳元で囁けば、胸元へ収まった小さな身体がぴくりと反応を見せた。
擽ったそうに身を捩るが、離してなどやらない。

「 え、えいご…っ、お上手 です、ね 」
「留学するんだ、当たり前っショ」

そう返せば「かっこいいです」とまた称賛するのだ。きらきらとした眼差しと共に。
けれど今巻島を映している瞳は、いつもとは違う熱が篭り揺らでいる。

「坂道、Trick or Treat だ」
「っ、」

更に唇を寄せ、先程よりもゆっくりと。けれど早くしろと繰り返す。
擽ったいのかそれとも別の疼きなのか。
きつく瞳を閉じ片側の耳を塞ぎながら、小野田のもう片方の手が、必死にリュックへと伸ばされる。
その様子はまるで、蜘蛛の巣に囚われ逃げ場を失った蝶のようで。
それならばと、耳に当てている手をやんわりと握り、1本ずつゆっくりと指を絡めていく。

「ま、って…まきしま、…さん、」
「菓子はまだかァ坂道。無いなら…するぞ、」

 ──悪戯を

軽く体重を掛けただけでベッドへ沈んでいく小野田を見下ろせば、焦ったように視線を頭上へ送る。

「っ、ですから…おかしなら、そこ、に…」

尚も動こうとするのを、両手をシーツへ縫い付けることで封じ。
絡ませた指を優しく握ってやると、逸らされていた視線が漸くこちらへ向く。

「菓子より……お前がいいっショ」

別に本気で悪戯したいわけではないし、いくら鈍い小野田だってそれくらいは分かるはずだ。
Tシャツの裾からするりと手を差し入れると、息を詰める小野田。
その額へ軽く口付ける。

「その代わり、お前もしていいんだぜ」
「・・・何を 、ですか」
「俺は生憎菓子なんて持ってねェしな。今日だけは、どんな悪戯も許してやるよ」

小野田の考えそうな悪戯なんて、きっと可愛いものだろう。
とは言ったものの、そろそろ解放してやらないと自分の理性が保たなくなりそうで色々ヤバい。

「──なァんてな、冗談、」
「いたずらなんてしません」

覆い被さっていた身体を起こそうとした動きを止め、巻島は腕の下へと視線を戻す。
それははっきりとした断りの言葉で、少なからず予想していたものとは違うものだった。
かと言って小野田は嬉々として悪戯を楽しむタイプではないし。
子供の考えそうな些細なものか、精々悪戯なんてできないと慌てるぐらいだろうと思っていたのだが。

そんなにはっきりと断るくらいだ。
やっぱりおまけ付きの菓子とかの方が良かったのだろうか…などと考えていると「巻島さん」と小さく名を呼ばれた。
眉を下げた小野田がへにゃりと笑う。

 

「お菓子も、悪戯もいりません。僕も・・・巻島さんがいいです」

それは唐突な返しだった。

 

こんな言葉、誰が予想したよ

俺の真似して言ってんのか?

真っ赤な顔して

何でそんな 嬉しそうに……

 

色っぽいコトにはてんで疎いお前が言うと

シャレにならねェんだよ

 

 

「・・・お前にはいつも驚かされるショ」

良い意味で。

「だめ、ですか?」

 

いつだってそうだ

その目をされると 

信じたくなっちまうんだよ

 

「お前がやると決めたコトを、俺が止めたことなんて 今まであったか?」

鼻先が触れるギリギリの距離まで見を屈めそう問えば、小野田はふるふると首を振る。

「泊まっていけるのか」
「そ、そのつもりで来ましたから、」

最初からそのつもりだったと頷く小野田は、巻島が受けた中でも今年一番の驚きだった。

 普段はドジで抜けてて天然なくせに
 こういう時は肝が座ってやがるんだよなァ

 

 クハッ 最高だぜ坂道

 やっぱお前には

 勝てねぇわ

 

ハロウィンなんてこれまで何の興味もなかった。
興味があるのは自転車だけ。
それさえあれば十分幸せだった。
季節のイベント行事なんて面倒なだけで、何が楽しいのか分からなかったし、自分が体験してみたい等と思った事は皆無だった。

 でも、コイツとなら
 どんな些細な事でも、楽しいと思えちまうんだろうな
 いつも驚かされてばかりだが、今度はこっちから仕掛けてやるのもいいかもしれない

 

その時の驚いた反応と
嬉しそうに笑う小野田を想像しながら

 

 

 

「 坂道 」
「 巻島さん 」

 

 

 

「「 ハッピーハロウィン 」」

 

 

fin.

 

 

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