himetaruomoi1

Liebe 01.
出会った時から特別で

 

今にして思えば あの時から予感はあったのかもしれない
特段速いわけでも技術があるわけでもないのに、何故か目が離せなかったあのレース
どんな奴なのかも知らないのに、遠くからでも伝わってくる熱量から何となく自分に似ている気がして興味が湧いた
勝ちに拘るというより全身で楽しんでいる様子が印象的で
ゴール直近の接戦では、思わずガードレールから身を乗り出してしまったほど熱くなったことは、今でも忘れない

これを知るのは後にも先にもその場にいた
金城と田所だけだが

こんな坂の上からじゃなくて、もっと近くで見てみたかったと漏らしたことにも
二人からは相当驚かれた

 

 

 

 

あれからもう八ヶ月

新体制で挑んだIHでは最高の結果を掴み取り
念願叶って悔いは無し
日本でやり残した事は最早無い、はずだった

  アイツと出逢う前は

 

 

 

───巻島さん…?

ふと懐かしい呼び声が耳に届き、巻島は顔を上げた。

たった数ヶ月しか経っていないというのに懐かしいと思ってしまうのは
毎日のようにそうして呼ばれることに慣れてしまっていたからだと改めて気付かされる。

巻島さん巻島さん といつも慕ってくれた後輩への接し方に悩んだ時期もあった。
けれどそれはやがて、戸惑いと気恥ずかしさを超え
いつしか名を呼ばれるたびに
擽ったくも嬉しいとすら感じるようになっていった。

 

「巻島さん──っ、!!」

坂の上を見上げた先で
支えていたロードがガシャンと音を立てて倒れるのが見えた。

アイツにとっての『憧れの先輩』
俺にとっての『可愛い後輩』

その関係を超えるか否か──

長い時間を掛けて答えを出せばいいとか
暢気に構えていたくせに
出国前に蒔いた種は、予想以上に早く成長してしまっているようで

 

「元気にしてたかァ?───坂道」

名を呼んだ瞬間
アイツの顔がくしゃりと歪む。

何度も躓きそうになりながら此方へ駆け下りてくる坂道を眺めながら
それは俺も同じかと小さな笑いが漏れた。
どうやら自分も相当刷り込まれていたらしい。

とんだ後輩と出逢ってしまったことに
嬉しさと僅かな悔しみを感じながら
巻島もまた、ゆっくりと足を踏み出した。

 

 

 

 

* * *

「面白いレースが見られるらしい」

今日は上り中心のコースでいくと告げられた時から顔のにやけが止まらなかった。
上りは俺にとっちゃ唯一の活躍の場だ。
心が躍る。
田所っちが若干距離をとったようにも見えたが、そんなのはまぁいつもの事だからどうだっていい。

問題は不意にそんな事を言い出し、掛けていたサングラスを頭の上にスライドさせたこの男だ。

 ……おいおい、完全に練習モードから離脱の姿勢じゃねぇかよ

サングラスに隠されていた太い眉の下、切長の目にすっと通った鼻筋が現れる。
硬派な男として人気があるようだが、そんな事実 今は全くもって関係がない。
憎らしいほど男前な目の前の人物へ、胡乱気な視線を送るも、相手は気付いているのかいないのか。
ピクリとも反応を示さない。

 さぁ 行くぞ って時に、何だって邪魔をするのかね…ウチの主将は

「……面白いレース?」
「あぁ どうやら今泉が対決するらしい」
「今泉ってあれだろ。入部予定だっつってた一年の…」

金城から話だけは聞いてはいるものの、まだ入部届すら出されていない新入部員。
期待のルーキーだ。
今年の総北の選手層を厚くするには、間違いなく必要な人物ではある。
あるのだが…それとこれとは話が別だ。
そいつが誰と対決しようが今の巻島の心はこれっぽっちも傾かないのだから、この後の展開を予想して天を仰ぐしかないのがツライ。

「相手はママチャリに乗る素人だそうだ。寒咲さんが今車で追っている」

あぁ さっきの電話は寒咲さんだったのかと合点がいった。
卒業してからもこの部の事を気に掛けサポートしてくれている先輩からの情報なら行くしかないし、
あの人が言うなら間違いないのだろうとは思うが。

 何がどうしてそうなったのかは知らねぇけど、あの人はホントこいつの興味を唆るのが上手くて困るんだわ…

それにしても、ママチャリ初心者と対決なんて、勝負は始めから見えているだろうに。
そんな出来レースを見て一体何になるのだろうか。

 それよりさっさと上りに行きてぇんだよ俺は──っ

「面白そうじゃねぇか!…で、場所はどこだよ」
「………俺はいかねぇシ、ッぐぇ?!」

いきなり背後から伸びてきた田所っちのぶっとい腕に気付いた時にはもう逃げ場はなく、
思い切り首を絞められた口からは情けない呻き声が上がるばかりで。
あまりの力強さに椅子ごとひっくり返りそうになって焦る。
幸い腹に押されて倒れることはなかったが、逆にそのせいで喉が圧迫されるもんだから
寧ろひっくり返っていた方が良かったかもしれない。

 こんっの、馬鹿力…が…っ!
 一刻も早く、この腕を、っどけて くれ…息が…でき、な……

 

「裏門坂だ」
「!ッ、ぐは──っぅ…げほ、ごほっ」

 裏門坂だと──?
 ママチャリで?
 あの坂を?

一瞬緩んだ隙に首の間に腕を捻じ込ませることに成功はしたものの、鼻と口両方の穴から一気に空気が入り込んだせいで、
今度は咽せすぎて逆に窒息しそうになりながら俺は金城を見上げた。

今泉もママチャリで走るというのなら、それはそれで確かに面白いとは思うがそんなわけはないだろうし。
いくら何でもさすがに勝負になろう筈がない。
というか、勝負と呼ぶこと自体馬鹿げている。

だがそんな勝敗の分かりきった対決を、寒咲さんは面白いと言い、
わざわざ車を出し裏門坂まで追ってきたというからには、何かしらの理由があるはずだ。

「──そいつ、……上れんのか?」

坂を。
あの激坂を、上るというのだろうか。

勿論 巻島が聞いてるのは裏門坂だけに限ったことではないことくらい、金城になら分かるはずだ。

幾重にも畝りどこまでも果てしなく続く終わりの見えないつづら折り。
そしてその先の山の頂上へ。

 そいつは単独で、辿り着けるようなヤツなのか──?

 

「……素質はある、そう言っていた」

クライマーとしての── 

「断言はできないらしいが」と続く言葉の裏に隠されたメッセージに、
自分までもがまんまと乗せられていることを悔しく感じながらも、目だけで頷いて見せる。

 そりゃそうだろうよ
 ママチャリに乗ってるっつーくらいの素人だ
 才能や経験の有無なんて、そんな事は端から期待しちゃいないさ

 

『己の目で見て判断しろ』

 

ただ、

 ほんの僅かでもいい
 その可能性があるのなら見てみたい。そう思っちまうくらいには……

 

「ヘッ、だとよ。……どうすんだ 巻島ァ」

 ……何で田所っちがンな嬉しそうな顔してんショ
 つーかその顔で覗き込んでくんなッ

 こっちだって今 やべぇ顔になってんだからよ

 

「行くのか行かねぇのか──?」

二択をぶら下げ、にやにやとクソ意地の悪い笑みを向ける田所っちに、クハッと観念の笑いを上げる。
それを合図に二人が部室の外へと歩き出す。

無意識の内に握り込んでいた掌は、しっとりと濡れていて。
軽く手を振って汗を払った。

まだ断定できるような状況でもないというのに
たった僅かな希望の光に、見てもいない今から期待している自分はどうかしていると思う。

 それでもさ、
 期待しちまうんだから仕方ねぇよな

 ずっと待ってたんだからよ

 

 ──クライマーが入ってくんのを

 

とは言えまだそうと決まったわけでもないし、そいつが入部するとも限らない状況だ。
期待し過ぎて期待外れ ってことも無きにしも非ずだし。

 …って、とりあえず今の時点であれこれ考えてたって仕方ねぇ、か。 

 

どっちに転んだとしても俺の今の答えは、

「行くに、決まってんショ」

一つしかない。
掌をぐっと握りしめることで逸る気持ちを抑え、二人の後を追い掛けるように椅子から立ち上がる。

 練習の邪魔をしてくれたんだ
 頼むからそれだけの走り きっちり見せてくれよ──?

 

さらりと靡く長い緑色の髪の上、春風に煽られた桜の花弁がふわりと舞い落ちた。

 

 ▶

 

お題拝借 TOY様

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