po-turaka


「──ごめんなさい」


告白されてしまった──

ジローちゃん絡みで岳ちゃんのクラスへお邪魔する機会が多いせいか、自クラス並に隣のクラスでの顔見知りも自然と増えていた。
行けば必ず誰かしらが声を掛けてくれるようになったのは、きっと岳ちゃんのお陰だと思う。

氷帝テニス部レギュラー陣の人気は凄まじいけれど、簡単には近寄れない神々しい存在なのだと
遠くから熱い視線を送るだけに留めている子が多いらしいと誰かも言っていたっけ。

そんな中でも岳ちゃんは人懐っこいこともあってクラス内でも人気者。
その岳ちゃんと仲が良いという理由で、私も何だか自然と受け入れてもらえちゃっていて……今目の前にいる彼もそう。

思えば隣のクラスへ行くたびに声を掛けてくれていたような気がする。
けれどまさかそういう対象に見られていたなんて思いもしなかったから驚いたし、
取り敢えず断りの返事だけは早々に入れて一安心。……したのだけれど、実際はそんなに甘くはないらしい。

あとは彼の口から納得の頷きを貰って終了──なんて油断していたせいで、その後に続けられた言葉に咄嗟に反応ができなかったのだから。


「付き合ってる奴はいないんだよね?」

「あ、うん…いない、けど…」

「それならまだ俺にもチャンスはあるわけだ」

「・・・え?いや、その…」

「返事はゆっくりでいいからさ」

「ちょ、待っ──!」


“諦めないから”と言って去っていった彼へ慌てて伸ばした手は虚しく宙を掴み、落ちる。

付き合ってる人はいないけど、好きな人はいるんです──!と追い掛けて伝えられたらどんなに良かっただろう。
校舎裏から顔を覗かせればさすがは昼休みで。つい先程まで閑散としていた形跡は今はもう見られなかった。
今日のような天気が良い日の中庭はまさにランチスポットなのだ。
早くもあちこちで人の輪ができ始めている。

言いたい事だけ言って去ってしまった彼を恨めしく思いながらも、体内時計はきっちり空腹を知らせてくれるのだから、
人間って本当本能には抗えないんだなぁと苦笑する。


──ジローちゃんもきっとそうなんだろうな


眠くなったら何時でも何処でもお構い無しに寝てしまう彼は自由人で、先生達は皆お手上げ状態だと言う。

確かに教師泣かせだとは思うけれど、すやすや眠るジローちゃんを傍で見られるのは私にとって何よりも幸せなこと。
だから、中学三年間同じクラスという幸運に恵まれたことに毎日感謝せずにはいられないのです。先生ごめんなさい。


──思い出したら会いたくなっちゃったなぁ


弛む頬もそのままに教室へ向かう私の頭の中は、今はもうジローちゃんの事で一杯で、先程までの出来事はなかったかのように飛び去っていた。

 

 

 


「お、来たぜジロー。主役のご登場だ」
「おかーえりー」


半分眠りつつパンを加え、はむはむしながら手を振って出迎えてくれた彼は、あと数秒もすれば
意識を手放すだろうことは分かっているけれど、それでも起きているうちに戻ってこれたのはラッキーでしかない。

手を振り返しながら駆け寄る私に、岳ちゃんはいつもの呆れた視線ではなく、意味深な笑みを浮かべると鼻で笑った。

「告白されたんだってなァ、お前」

待ってましたと言わんばかりに、どうだったんだよ?ってニヤニヤ顔で聞いてくる岳ちゃんは意外とこういう話が好きだったりする。
自分が絡むこと以外でなら、の話だけど。
ジローちゃんの前の席を陣取って牛乳を啜る岳ちゃんにムッとして頬を膨らませる。

 ──そこ、私の席なんですけどぉー……ってそうじゃなくて!

 

「っ、な…!なんで岳ちゃんが知ってるの?!」
「なんでって…さっきアイツがクラスの奴らに報告してたぞ。でっけぇ声で」

 

そう言って親指が指し示す方向へ首を巡らせれば隣のクラスで。
 ──そうだ、岳ちゃんと同じクラスだったんだ。っていうか告白されたんじゃん私…

忘れていた。
失礼だけど完全に忘れてましたよ。

 

 

「で、断ったんだろ?」
「あー…うん。断った、よ 一応……」

 

歯切れの悪い返答に詰め寄られ、断ったが結果的には押し切られる形になってしまったことを正直に話した。
誰かから告白されるなんて初めての事だっただけに、少女漫画の知識しか持ち合わせていない私にはあれは予想外の展開だったのだ。
岳ちゃんも「意外と押しの強ぇ奴だったんだな」なんて感心してるし。

「おい、ジロー。あんま悠長にしてっと、コイツ捕られちまうぞ」
「が、岳ちゃん…っ!!」

 

バシッと遠慮の欠片もなくジローちゃんの背中を叩いて去っていくもんだから、
今にも起き上がるのではないかとびくびくしながら薄目で見遣る。
けれどジローちゃんは相変わらず気持ち良さそうに寝息を立てていて。

ホッとすると同時に少しだけ残念に感じてしまっている自分に気が付いてしまったら
途端に恥ずかしくなって、私は机に顔を伏せた。

 ──ジローちゃんは、私の事どう思ってるのかな

好きか嫌いかで言えば好かれているとは思うけれど、それはきっと恋愛対象としての意味ではなくて、
友達の延長みたいな感じなのだと思う。


──そもそも恋愛事に全く興味無さそうだもん…

 

それでも、ジローちゃんの傍にいられるなら満足だった。
好きという気持ちをあえて隠すような事はしていないから岳ちゃんにはバレバレだけど、
想いを口にして伝えてしまうことで、もし避けられでもしたら……

そう考えるだけでも泣きそうになるからそんな事は絶対しない。

 

一番仲の良い異性の友人として、ジローちゃんの傍にずっといられればいいのに。
けれどそれも、ジローちゃんに彼女がいない今だからこそ言えることで、
もし突然彼女が出来ましたなんて事になったら……

 

「うぅ…無理すぎる………」

 

黒板に記された英文を書き写しながら、嫌な妄想を追い払う。
意味など全く入ってこない単語の羅列から目を逸らせば、靄る心とは正反対の雲ひとつない青空が飛び込んでくる。
キレイだなと思うだけで、私の心が晴れてくれることはなかった。

 

 

「ジローちゃん」

放課後。
後部席の机へ両肘をついて、起きる気配のない彼に呼び掛ける。
彼が目を覚ました時に最初に目にするのは私であって欲しいという、些細な想いが切っ掛けで始まった毎日のルーティン。
今ではすっかり目覚まし係として周囲からも認定されていたりする。
私にとっては最も幸せな癒しの時間だから大歓迎なのだけど。

「ジローちゃーん。そろそろ起きないと、部活始まっちゃうよー?」
「…んん、?…もこもこぉ………」
「ふふ。今日もご出演の羊くんは大忙しだね」

彼の大好きな羊は高確率で夢に登場する。
どんな楽しい事をしているのか寝言から予測するのは難しいけれど、その表情はいつも弾けるような笑顔で一杯だから、
きっとすごく幸せな夢の世界なんだと思う。

ひょっとして目覚めないのはそのせいでもあったりして。
そんな彼の寝顔は今日も笑顔満天。
可愛いなぁと思いながら、寝息に合わせてふわふわ揺れる髪にそっと指先で触れてみる。

「わぁ…柔らかくてふわっふわ…」

黄金色の髪が窓から差し込む夕陽に照らされ、一本一本がキラキラ輝き宝石のような光を放つ。
対して自分は面白みのない漆黒に背中の半分くらいまでの長さで、ジローちゃんとはまるで正反対。

触れてみたいけれど触れたら折角の輝きが失われてしまいそうで、何となく怖くなって今まで触れる勇気が出なかったのだ。
髪色だけ見れば金髪はちょっと近寄り難く思われがちだけど、そんな見た目に反して子供のように純粋で好奇心旺盛、
きらっきらの瞳に眩しい笑顔は太陽みたいに温かくて──

 

「好き、だなぁ…」

 

見ていないようで、実はちゃんと見てくれているさり気ない優しさを持っている所も大好きだった。
やわやわとした癖っ毛を指先に絡ませるようにして遊んでいたらつい本音が口を滑ってしまい、焦りながらも恐る恐る覗き込んでみる。
けれど、両腕に埋める横顔に変化はない。

眠っているからといって気を抜きすぎる自分にジタバタしていると、ふと誰かに名を呼ばれた気がして、私は覆っていた両掌から顔を上げた。

 

「────さん、」

再度名を呼ばれた方へ顔を向けると、教室の扉の前で笑顔で手を挙げる隣のクラスの彼と目が合った。
昼間の一方的な告白が思い出され、笑顔が強張ってしまう。

 ──どうしよう…やっぱりもう一度ちゃんと断った方がいいよね

いくら待たれても彼に気持ちが向くことはないのだから、早い方がいい。
このまま先延ばしにしては変に気を持たせることになるし相手にも失礼だ。きっぱり断わろう。

よし、と小さく気合を入れ立ち上がり掛けた私は、けれど僅かな引っ掛かりに阻まれ再び椅子へと引き戻される。

「っ…、なに」

一瞬ジローちゃんの目が覚めたのかと思ったけれど、そうではないらしい。
寝息のリズムは一定で、呼吸の度に背中が上下する。
けれど更に視線を落とした先、引っ掛かりの原因となるそれに行き当たった私は、驚く余り瞬きが止まらなくなってしまった。

それもそのはず、顔を埋める両腕の下から覗く指先が──私の毛先を握っていたのだから。

「……ジロー、ちゃん…?」

反応がない。

 ──何で?どうして?いつのまに?

色んな疑問が浮かぶも答えを知る人は残念ながらいない。
ただ近くにある物を無意識に掴んだだけで、そこに意味なんてある筈もないのに、ジローちゃんに触れてもらえたという事実が堪らなく嬉しかった。
こんな単純な事で喜んでしまう自分は重症だ。
緩みっぱなしの口許を両手で覆いながら思う。
他の誰かを入り込ませる隙間なんてないくらい、目の前の彼の事で一杯だから。

 

「今日って、用事あるかな?」

いつまでも動かない私に痺れを切らしたのだろう。
いつの間にか教室へ入ってきていた声の主が傍に立っていた。
「一緒に帰らない?」という誘いの言葉と共に。

「あ…ごめんなさい、今日はちょっと…」
「そっか…、じゃあ明日はどうかな?」

めげる事なく向けられる笑顔から目を逸らす。
両手にぐっと力を込め顔を上げた。

「ごめんなさい。私…、やっぱり貴方とはお付き合いできません」

言い切った瞬間に安堵の息が洩れる。
けれど笑いと共に返ってきた言葉は予想通りのもので──

「返事はゆっくりでいいって言っただろ」
「でも、!いくら待って頂いても…無理なんです」
「・・・付き合ってる奴はい──」
「いませんけど…!す、きな人が…いる、ので…」

僅かに視線を右へずらせば、煌めく髪が視界に入り心がほわんと温まるのを感じた。

 

「その好きな奴は、・・・知ってるの?」

 君の気持ち──

 

ドキッとした。
面と向かって伝えた事など、一度だってないのだから。

 

「それは………、」
「君の片想いなんだ?・・それなら一緒だね、俺と」

だったらいいじゃん、そう言われているような気がして歪んだ顔を俯ける。
言われてみれば確かにそうだ。
私がいくら好きだとしても、ジローちゃんに受け入れて貰えなければ…

この気持ちは、彼の迷惑になる──?

そっか、同じなんだ。
この人と私は──

 

「え?…全っっ然 ちげぇーよ?」

 

突然割って入ってきた高めの声にはっとする。
同調の空気を一瞬にして変えてしまった声の主。
いつもの眠たそうな瞳は今は大きく開かれ、両腕に顎を乗せたジローちゃんが彼を見上げていた。

「ジ、ジロ……、っ?!」

目が合うと、尖らせていた口をニカッと広げるジローちゃん。
気づいた時には横からぎゅっと抱きしめられていた。

 

「だってさ、俺 のコト大好きだしぃ」

 

へへ、と笑うその口から発された科白に思考が停止する。
それは目の前に立っていた彼も同じで、二人して目を合わせてしまったほどに衝撃的な言葉だった。

「俺のカノジョになる子だからさ、渡せないもんねっ」
「え、待っ…なに、いって……」
「ん?え、ひょっとしてそいつの方がいーとか?…だめだめっ!そんなの絶対許さないC~!!」

大好きな物を取られまいと必死に抵抗する子供のように、嫌だダメだと繰り返す姿に瞬きが止まらない。
あのジローちゃんが…私を好きだと、彼女になる子だなどと──そんな夢のような話があるだろうか。
頭の中で言われた言葉がふわふわと浮遊するばかりで、現実味がまるで感じられない。
代わりにざわざわと不安が押し寄せる。

「ジローちゃん、…ぎゅってしてもいい?」

確かめなくては。
夢なのか現実なのか。
この手でしっかりと感じたい。

こっちからお願いしたことなのに「モッチロン」って同じように抱き締め返してくれる腕の強さが、”これは現実だよ”と伝えてくれた。
とても温かくて、薄い膜を張った氷が内側から溶けていくような感覚に、震える息が細く洩れる。

もっと感じたくて背中に縋り付くように手を回した。

「──ジローちゃんのことが、大好き」

自然と言葉が溢れ落ちていた。
ずっと言えなかったはずの言葉が
こんなにも簡単に言えてしまうなんて思わなかった。
臆病な私さえも丸っと包み込んでくれる、優しくて温かいジローちゃん。
私はやっぱり彼のことが大好きだなぁと心の底から思う。

「やりぃー!オレもめっちゃ好き!・・・ってことで……ゴミンね?」

はて?と首を傾げる。
言葉の意味を理解するのに数秒を要した私。
そして直ぐに全身から血の気が引くのを感じ震えた。
口ははくはくと動くだけで、声が出てこない。

 ──わ、…忘れてたァァーーー!

背後で何やらジローちゃんが彼と言葉を交わしているようだったけれど、とてもじゃないけれど振り向く事など出来ない。
縋り付く手はそのままに、ジローちゃんの肩へ顔を埋めるしかないのだった。

 

 

へへっ、必殺ヒツジ寝入り作戦大成功ー!

            ウォンバイ 芥川

 

 

fin.

 

 

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